みなさんは苦手な人っていますか?
「この人だけはどうしても無理・・・」と思ってしまう、アノ人です。
特定の個人が思い浮かぶ場合もあれば、苦手な人に共通点があるという場合もあると思います。
・・・先にぶっちゃけましょう。
私は50代女性が苦手です!苦手通り越して嫌いです!笑
思い起こせば、その苦手に思う気持ちの片鱗は10歳頃から始まり、この歳になるまで苦しんできました。(今年32歳)
苦手な人は、逃げても逃げても追いかけてきます。
場所や関係性を変えて、自分の前に現れます。
その様子が映画マトリックスのエージェントスミスみたいなので、”エージェントスミス遍歴”と名付けて振り返ってみます。
序章
親との関係性はその後の人間関係の基礎になる、というのはどこかの本の受け売りですが、私の「50代女性が苦手」というのは、両親との関係が元になっていると思います。
両親には感謝しているのですが、今日はその話ではないのでいったん置いといて、
両親は私の進路や就職先、どう生きていくかに関してかなりコントロールが強かったです。
英才教育とまではいきませんが、かなりたくさんの習い事をしましたし、父親は自分の考えが絶対で、逆らうとキレるタイプだったので、超絶めんどうでした。
母はキレるタイプではありませんが、基本の価値観が父親と同じで、しかも言葉にしないだけで「こうしてほしい」という圧が非常に強く、余計にそれがねちっこく感じて、虫唾が走るとはこのことでした。
キレる父より、ジトっとしている母の方が嫌いだったのです。今考えたら別にどちらも同じなんですけどね。笑
いつからか両親、特に母のことを「大したことないくせに、コントロールしてくる」と思っていました。
この嫌悪感は、のちの「50代女性が苦手」につながります。私が勝手に作ったものなんですが、長らく苦しむことになるんです。
シーズン1 公務員時代①
入庁して最初の上司は、仕事はできるがヒステリックでコントロール強めの、当時46歳の女上司でした。
嫌な予感がしますね。笑
いやぁ~毎日怒られていました。
新入社員だし、気にかけてくれていたんだと今なら分かるのですが、上司のことが嫌で嫌で仕方なくて、なんと3年目に病気発症。
過去記事にもありますが、25歳で右卵巣嚢腫になります。
気付いた頃には腫瘍は12cmになっていました。だいたい妊娠5か月くらいのおなかですって言われた記憶があります。
もちろん手術が必要で1週間入院し、仕事は1か月休みました。
若かったのもあって、回復は早かったし手術した右の卵巣も残してもらいました。ガンにもならなかったしね。
とはいえ、こう聞くと大変だったと思うでしょ?
でもね。
病気になったこともショックでしたが、病気になったショックよりも、1か月休めて嬉しかった気がします。
どんだけ上司嫌だったんだ。爆
復帰後は鬼の仕事ぶりで、残業ゼロで帰っていました。3年頑張ったらそこそこ仕事もできるようになります。
でもどうしても上司のことは乗り越えられず、異動希望を出しました。
そして一人暮らしをやめて、実家へ帰ります。
この年は彼氏とも別れているので、なかなか激動でした。
必死に生きてはいたけれど。
シーズン1、ゲームクリアならず。たーりーら~~
シーズン2 公務員時代②
小さめの部署に異動しました。
おじさん部長、おじさん課長、
と。
ドンピシャ50歳の係長、女性。(笑)
(もうおじさんは大得意なので、おじさん2人からは溺愛されました。)
この女上司はエクセルの表計算もワードの差し込み印刷も使えないくらい仕事ができませんでした。
でも、「私が一番やっている」と不満げな感情を出していて、やりにくう~と当時思っていました。
ただ一応もちあげたりはしていたので、そこまで大きなトラブルもなく表面上は穏やかに2年過ごし、異動で違う部署へ行くことになります。
シーズン2、クリアならず。
シーズン3 公務員時代③
もう飽きてきましたかね?w
お察しの通り、50歳の女性がまた上司です(爆)(爆)
異動3日目で「あなたが仕事できないからみんな迷惑している」と宣言され、毎日怒られ…というか罵倒され、2週間でダウンします。
心療内科の診断書で約3か月休み、あとは有休を消化してあっけなく退職。
シーズン3、クリアどころかライフゼロに。笑
シーズン4 アルバイト時代
ファミレスアルバイト時代に50代女性とのかかわりはなかったです。若い人多かったので平和でした。
でもアラフォーの男の店長が少々めんどくさって思っていました。ただ、自分的にアルバイトの仕事に重要性をそこまでおいていなかった(別の表現をすると過剰ポテンシャルが高くない)ので、そこそこの付き合いでいけました。
コンビニ派遣仕事は同じ理由で楽勝。
シーズン4、エージェントスミス現れず。
長くなってきたので、続きます。
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